自然体験や地域との関わりから見えてくる「挑戦する力」を育む子育て環境とは?

昨今、非認知能力(非認知スキルとも呼ばれる)という言葉が注目されています。これはテストの点数などでは測れない、意欲や協調性、粘り強さといった“生きる力”を意味します。中でも今回は、非認知能力の一つである「挑戦する力」に着目し、幼少期の子どもが挑戦する力を育むには、大人との会話をどのようにしたらよいのかを明らかにします。その後、そのような環境にするための方法として、都市部に住む親子を念頭に、「いこーよスイッチ(子どもとお出かけ情報サイト「いこーよ」が提供する子どもの生きる力を育む体験プログラム)」のコンテンツでもある「いこーよ四季冒険部」での自然体験や、地域との関わりの重要性を提案します。
※本内容は、2025年4月発行の「幼児教育開発研究所紀要 第3号:早稲田大学幼児教育開発研究所」に掲載された論文を一部抜粋、編集したものです(論文名:実践と研究の両輪で幼少期の育つ環境をより良くする)

ポイント

幼児期の挑戦する力を育む会話環境

親子に閉じやすい都市部での子育て環境

【提案①】自然体験「いこーよ四季冒険部」を例に

【提案②】地域との関わりの中で子どもが育つことを考える

自然体験や地域との関わりを大切にした子育ての取り組み提案

幼児期の挑戦する力を育む会話環境

石川大晃と佐治量哉が2019年のおこなった研究(※1)では、4種類の塗り絵(ゾウやキリン等)から1つ選び塗り絵遊びを通して大人との会話する場面を2回設定後に、大人は見守る形でコマの形をした簡単に遂行する事が困難な幾何学模様の塗り絵(C-Test)に取り組んでもらいました。その際、大人とどのような会話ややりとりをしていたかと、課題にどれくらい粘り強く取り組めたか(4段階で評価)との関係を分析しました。
 
その結果、課題に取り組んでいるときに、大人が一方的に話しかける(SP)よりも子どもとやり取りをしながら会話(SI)している割合が高いほど、C-Testに対してのスコアが高くなっており、粘り強く取り組んでいる事がわかりました (図1)。特に男の子でその関係が強く見られました。

図1 男児でのSI率とC-Testのスコアの関係


さらに本研究では、子どもが課題に取り組む際の大人の発話に関して、いくつかの条件を設定しました。具体的には、

① 2回ある塗り絵遊びのうち、保護者(母親)が一切話しかけず、保育者(保育士の資格がある大人)のみ話しかける条件
② 2回ある塗り絵遊びのうち、1回だけ保護者(母親)が話しかけない条件(保育者のみ2回話しかける条件)
③ 2回ある塗り絵遊びのうち、1回だけ保育者が話しかけない条件(母親のみ2回話しかける条件)

の3つです。また、比較のために発話制限を「保育者と保護者(母親)の両方が自由に話しかけてよい条件」も設定しました。その結果、保育者の発話を制限し、保護者(母親)が自由に話せる③の条件では、子どものやりとり(S1)の割合が低くなり、大人が一方的に話す(SP)割合が高くなる傾向が見られました。

この結果から、保育者のほうが子どもと双方向のやりとりをしながら会話する傾向が強いことがわかります。一方で、保護者の場合は、自由に話しかけてよい状況でも、子どもとの会話が一方通行になってしまうことがありました。なぜ、そのような違いが生まれるのでしょうか。

親子に閉じやすい都市部での子育て環境

保護者と子どもとの会話が、保護者から一方向になりやすいのは、現在の子育て環境が原因ではないかと推測されます。石川大晃と田中大介(※2)は、血縁・地縁的な子育て環境と都市部の子育て環境を整理した論文を2019年に発表しました(図2)。

図2 血縁・地縁的な子育て環境と都市部で多い子育て環境

この図で描かれているとおり、都市部の子育ては子どもの発達の下地が親子(特に母親)に偏る傾向があります。先ほどの調査に参加した方も都市部で子育てをしていることから、共働きなどの家庭が多く、限られた時間の中で我が子と会話をすると一方通行の会話が自然と増えやすくなると考えられます。
 
さらに、別の調査(※3)では、コロナ渦をきっかけに、タブレットなどの電子機器を使う子どもが増え、その影響が色濃く出てきている可能性が指摘されています。また、コロナ渦を経て、都市部での子育てでは親子だけの関係がより閉じたものになり、それが一層強まっている様子もうかがえます。

このような現状を少しでも改善していくために、以下の2つの方法を提案します。

【提案①】自然体験「いこーよ四季冒険部」を例に

石川大晃は、親子の間で自然とやりとりが生まれるような(SI的な)会話を増やす方法を模索してきました。現在はその取り組みのひとつとして、都市部の親子がふだん体験できない自然の中での活動をテーマにした「いこーよ四季冒険部」という企画を実施しています。 

今回はその一例として、毎年夏休みに実施している「川を探検する体験」を紹介します。対象は年長児以上の子どもとその保護者です。多くの保護者にとって川の探検は初めての経験となるため、自然といつも以上に子どもの様子に着目し、声を掛けようとする姿が見られます。自然の中では、固定概念にとらわれない子どもたちの方が大人よりもスムーズに行動できる場面が多く、保護者の言葉がけも自然と「子どもの背中を押すような応援」へと変わっていくのです。

以前参加してくれた年長の女の子は、はじめは母親と手をつないでいましたが、母親の声がけに励まされながら、初めての川探検にも前向きに挑戦する姿を見せてくれました。こうした様子からも、都市部の親子に自然体験の機会を提供することで、親子の会話が自然と豊かになり、子どもの「挑戦する力」を育むきっかけになるのではないかと感じています(写真1)。

写真1 母親との会話の中で川探検に積極的に挑戦するようになった女児(年長)

【提案②】地域との関わりの中で子どもが育つことを考える

かつては地縁や血縁をベースにした子育て環境があり、その中で子どもたちは地域の高齢者や異なる年齢の子どもたちなど、さまざまな価値観を持つ人たちと関わり合いながら、自分の内面を育んでいきました。今でも、地域にいる多様な人や団体と日常的に交流し、子どもたちがさまざまな経験や刺激を得られる環境をつくることは幼少期の人間形成において、とても重要だと考えられます。
 
また、子育てに関わる人の数が物理的に増えることは、親子だけに閉じがちな子育て環境を見直すための一つの手立てになるのではないでしょうか。親子関係性がより開かれ、さまざまな人との双方向的なやりとりが増えることで、保護者自身もこれまで気づかなかった子どもの可能性に目を向けやすくなります。そうした変化が、親子の会話をより対話的なものとして、結果として子どもの「挑戦する力」の育ちにもつながっていくと考えられます。
 
とはいえ、地域との関わりをいきなり深めていくのはハードルが高いと感じる方も少なくありません。まずは地域の子育てサークルに参加したり、地域に開かれた幼稚園や保育園、学童保育などを利用したりすることで、子ども自身が地域と自然につながっていく流れも一つの方法です。その結果、地域の人たちが少しずつ「わが子を一緒に育てる存在」となる土台が築かれていくのではないでしょうか。
 
一方、地域の人達にとってはどのような影響があるのでしょうか。相良友哉と石川大晃らが2023年に行った(※4)、高校生と地域の高齢者との関わりをテーマにした「高校生の地域活動に継続的に関わる高齢者インタビュー調査」では、活動に参加した高齢者が感じたメリットとして、「若い世代からのエネルギーをもらえること」や「高校生の価値観や考え方を知ることができた」ことなどが挙げられています。こうした結果からも、子どもを地域で育てることは、子どもやその親のみならず地域にとってもよい影響をもたらす可能性があるといえるでしょう。
高校生の地域活動に継続的に関わる高齢者へインタビュー調査のレポート

自然体験や地域との関わりを大切にした子育ての取り組み提案

ここまで、都市部の子育てにおいて親子関係が閉じがちになるという課題に対して、実践と研究の両面から考察を行ってきました。その結果から、「自然体験を大切にすること」と「地域に暮らす多様な人たちと関わること」という2つの環境を整えることが重要であるということが見えてきました。これらの環境があることで、親子の会話はより双方向的になり、子どもたちの「挑戦する力」が育まれ、さらに内面の豊かさが引き出されていく可能性があると感じています。

参考文献
※1:石川大晃・佐治量哉. (2019). 養育者・保育者の会話(SP/SI率)と3歳児の微細運動能力~描画課題中の会話分析を通して~. 日本発達心理学会第30回大会,東京
※2:石川大晃・田中大介. (2019). 「親として育てられる」社会的枠組みの重要性とその再構築の試み. 地域学論集:鳥取大学地域学部紀要,15(3),pp.51-62.
※3:石川大晃・佐治量哉. (2023). 保護者・保育士が着用するマスク色に対する幼児の親和性~幼児への対面調査と保護者・保育者へのアンケート調査の結果から~. 日本発達心理学会第35回大会,大阪
※4:相良友哉・石川大晃・天谷都紀子・森美咲. (2023). 社会福祉協議会の世代間交流事業に参加する高齢住民の意識-狭山高校生Yumeプロジェクトを例に-. 人間生活文化研究,2023巻33号,pp.127-134

なお、本内容は、2025年4月発行の「幼児教育開発研究所紀要 第3号:早稲田大学幼児教育開発研究所」に掲載されました。
論文名:実践と研究の両輪で幼少期の育つ環境をより良くする